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no pleasure, no life(旧ブログ名:まちづくり、例えばこんなふうに)

意固地になるほどに"まちづくり"が気になって仕方ない。自分の関わったまちづくりの活動・調査の記録を中心にしつつ、"都市""街の変化"の話題など。 Keyword→まちづくり/都市計画/荒川区町屋/蒲郡/豊橋/三河/谷中

秩序遵守と自己満足

http://www.city.kawasaki.jp/250/cmsfiles/contents/0000048/48569/8-8.jpg

川崎市HPより)

 

ふと考えたこと、程度で一筆書いてみます。

大きなネタがある時に書く、だと更新頻度がかなり低くなりそうですしね。。。

 

さて、ブレーメン通りを歩いていると、自転車マナーの面で目に付くことが多々あります。

 

例えば、

休日の日中や、平日夕方、商店街が歩行者でごった返している中なのにも関わらず、

スピードを落とさずに人の間を縫うように走る「暴走自転車」。

歩行者にぶつかりそうになったりと、ヒヤリ場面は毎日というほど見かけます。

 

この別バージョンとして、人の間を縫うのではなく、

何があろうと直進する直線自転車なんてのも見かけます。

歩行者側が自分に道を譲るのが当たり前と言わんばかり。

 

 

また、スマホ操作や通話と運転を並行する。「ながら自転車」

歩行しながらのスマホ操作自体が危険だと言われている中ですが、自転車に乗りながらのスタイルも増えています。

これも前方不注意で事故につながります。危ない。

 

 

さらに、イヤホンつけて音楽を聴きながら運転する「イヤホン自転車」(うまい呼称が思いつきません。。。)。

これは上までのものと比べて、一瞬「え?何が悪いの?」と思われるかもしれません。

ですが、イヤホンは自分の世界を外界から切り離してしまうために、外の危険を感知する能力が鈍るというリスクが存在しています。

これも多くの都道府県で禁止となっているようです。(神奈川県ではこちら

 

あとは違法駐輪や、二人乗りの自転車など。

 

 

 

これらはいずれも、私が個人的に「非常識だなあ」と感じる以上に、

あらゆる人が守るべき社会的規範と言ってもよいレベルでしょう。

道路交通法違反という、明らかな法律違反に該当するものもありますし。

 

 

さて、今回は「これらのことを守りましょうね!みんなで安全な社会を作りましょう!」などというキレイゴトが言いたいわけではありません。

  

だいたい、これらを全て完璧に遵守できている人は、どれだけいるのでしょうか?

決して犯したことがない、今後も決して破らない自身がある人はどれだけいるのでしょうか?

おそらく1割に満たないのでは。

 

 

現実では、こうした自転車マナーや、「赤信号では止まる!」といったルールは、

多くの方々によって、恣意的・弾力的運用がなされているのではないでしょうか。

交通量が少ないところでは、多少の違反もやむをえない、とか。

急いでいたらやむをえない、とか。 

 

あらゆる人が合理的かつ健全な判断をすることができる社会であれば、このような「遊び」のある運用を認めたとしても、そう簡単に社会秩序が崩壊することなどないでしょう。 

しかし実際の社会や法律は基本的に性悪説を前提としているためか、ルール遵守のみを機械的に是とし、その運用における「遊び」は基本的にありません。

 

 

このことは、個人にとって “ルールを守る”という行為の意味を変えてしまっているように思います。

 

 

「ルールを守ることにより秩序ある社会を作る」というのが本来の目的だったであろうにも関わらず、

“ルールを守っている自分”という「こちら側」にいる安心感・自己満足を満たすためのルール遵守になっていたり。

または、警察による逮捕・補導・減点といった状況に陥ることで「人生にキズをつけること」を防ぐため、フツーの生活を送るための保身的ルール遵守になっていたり。

 

これらに共通しているのは、ルール遵守の目的が社会でなく、自分であるということです。

 

いやいや、それの何が問題なのでしょうか。

ルールを守ることの個人にとっての位置付けが違っても、結果として秩序ある社会が維持されればよいのではないか、という疑問が聞こえてきそうです。

 

それは、秩序を守るという意識が、本来の「一人一人の心がけによって、安全かつ健全な社会を維持する」というルール本来の目的を逸れてしまうこと自体ではなく、

それにより人間同士の妬み感情を増幅させてしまい、都市社会のギスギスした風潮を助長させるという危機感です。

 

例えば、秩序を秩序として機械的に守っている人間が、上記のようなマナー違反を見かけた時に抱く感情。

 

「あいつはなんでルールを守れないんだ?オレはきちんと守っているのに」

→パターン①「なんでオレはルールを守ることで我慢しているのに、あいつは我慢していないのに社会で通用しているんだ?」 ⇒ルール違反者への憎悪
→パターン②「オレはルールを守って我慢しているのになんであいつは守っていないんだ?むかつくから責任者(行政、公共サービス提供者、飲食店等々)に守らせるよう文句言ってやろう」 ⇒責任者への憎悪

 

というような感じで、

責任を果たさずに果実だけを享受するフリーライダーを、秩序遵守者が妬むという構図ができてしまいがちなように思います。

それにより、ルール遵守という「こちら側」とルール違反という「あちら側」を、過剰に線引きしまっているようにも思います。

 

 

ですがまあ、これに対する有効な対策なんてあるのでしょうかね。

 

①教育などで、人と人が憎み合わない優しい社会にしていこう!

②秩序維持システムの運用をもっと柔軟かつ弾力的にしていこう!

 

くらいの、実現性に欠ける夢のようなことしか浮かばない。

うーん、難しいですね。

 

 

 

・・・とまあ、個人的な問題意識を過激に拡大して書いていたら、人間不信のかなり悲しいエントリになってしまいました。。。笑

もっとそういうこと考えずにラクに生きたい。

 

では、今日はこのあたりで。