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no pleasure, no life(旧ブログ名:まちづくり、例えばこんなふうに)

意固地になるほどに"まちづくり"が気になって仕方ない。自分の関わったまちづくりの活動・調査の記録を中心にしつつ、"都市""街の変化"の話題など。 Keyword→まちづくり/都市計画/荒川区町屋/蒲郡/豊橋/三河/谷中

広島土砂災害被災地の旧地名に関する報道をきっかけに、地域と地名と愛着について考える

やはり今も朝の少しの時間しかテレビ報道を見ませんが、広島土砂災害のニュースで持ち切りとなっていますね。

この災害で被害に遭われた全ての方々に、心よりお見舞い申し上げます。

 

さて、この災害に関して、こんな情報がネットで出回っています。

 

土砂災害の「八木地区」実は「八木蛇落地悪
谷」と言う曰く付の地だったことが判明|面白ニュース 秒刊SUNDAY

【先人の言い伝え】広島土砂災害地区は水害が多く、昔の地名は「八木蛇落地悪谷」(やぎじゃらくじあしだに)だった。 - ViRATES [バイレーツ]

 

 

こちらのサイトより) 

 

要は、被災現場である「広島市安佐南区八木」という住所が、かつては「八木蛇落地悪谷(じゃらくじあしだに)」というあまりにインパクトの強い名前であったということ。

付け加えるなら、ただ旧地名のインパクトの強さを指摘するのみではなく、「なんで先人のメッセージを無視したのか?」というような糾弾の論調を感じます。

 

しかし、イメージの悪い地名を改名する行為自体は、それほど珍しいものとは思えません。

今回の「蛇落地悪谷」は特に強烈なケースだとしても、“新しく入居してくる人々のために、ちょっと地名を景気の良いものに変えようじゃないか”という発想は自然なように感じます。

 

ニュータウンに多い「◯◯が丘」「◯◯台」という地名は、もともと居住地として環境の悪かった台地や傾斜地を新しく住宅地開発するにあたって改名を行なった代表的な例でしょう。

これは商業的な視点の例だとしても、例えば私が現在居住する「明津」はかつて、住宅地として避けられる川沿いの低湿地を表す「悪津村」だったという記録があるようです。(wikipediaより)

 

住居表示や地名を改名する話を少し外れますが、鉄道駅についても面白い話があります。

例えば東急東横線の「元住吉」は、駅周辺の住居表示である「木月」ではなく、住吉神社を中心とした「住吉村」が元々そこにあった事実に由来して、地元の要望でつけられた駅名なのだそうです。

これは、“もともとの地名を残していこう”という動き。

 

一方で、“駅の名前が地名になりかわった”という真逆のケースもあります。

それは横浜市営地下鉄の「北新横浜」。前後の駅は「新羽」「新横浜」です。

開通当時は地名に由来する「南新羽」とされていたのですが、地元民の要望により「新横浜」の名前を使いたいという声が大きくなり、1993年に「新横浜北」に改称。

(利用者が間違えやすいという理由で6年後に「北新横浜」に再改称されたそうですが。)

それに伴って、駅周辺の住居表示も「港北区北新横浜」に変更されたという話は少し驚きます。

 

特に後者の話を聞いた時、長年使われてきて意味のある「新羽」という名前よりも、「“新横浜”の“北”」というほとんど記号みたいな名前をより好む地元意思に正直言って驚いた記憶があります。笑

しかし、周辺はまだ田園風景の残る地帯。

お隣である新横浜を中心として広がる開発の波を前に、“きっと北新横浜にしたほうが開発価値が上がるだろうし、マンション物件名としても売れやすいのではないか”という発想を地主がすることは何もおかしくありません。

 

 

さて、いろいろ脱線しましたが、主張したいことを整理してみる。

 

つまるところ、地名は地元発意で変えることが可能なわけです。

もちろん変更の最終決定権者は行政であり、案件にあたっては、本当に地元の意思であるかどうかや、公共性等が厳密に検討されるのであろうことを考えれば、容易であるとは思いませんが。

 

そして地名を変更するにあたって地元が考える共通のことは、“自分の住む地域が今後も繁栄していってほしい”なのではないかと思います。

要は、少子高齢化が叫ばれる中で、自分の住む地域が“居住地として選択されなくなる地域”(=“居住世帯の代謝が行なわれずに消滅する地域”)になることを望む人はマジョリティではないわけです。だからこそ、“これからの世代に選ばれる地名”を求めることは当然であり自然。

その手段として“昔からの誇り高い地名”を選ぼうが、“無味乾燥でもステータスとして魅力のある地名”を選ぶかどうかはケースバイケースで、どちらが正しいというものでもないはず。

 

今回の広島土砂災害の教訓の一つを、先人の知恵という「これまで」を軽視し、人をとにかく増やそうという「これから」に対する過度の重視という行為への警鐘と捉えることは可能でしょう。

ではどうすればよいのか。

 

ここからはコミュニティ理想論者の強い自論となりますが、それはやはり“地域への本当の愛着”なのではないでしょうか。

良い地名というものは、新たな人が居住地として選択するための、第一印象を良くすることには貢献しうるでしょう。

しかし、それは主要駅へのアクセス性、施設の存在をはじめとする居住利便性や、地価と収入のバランスといった、居住地選択のための客観指標に並列される一項目でしかありません。

そうしてお膳立て・演出された環境のみを享受するものの、自分の家・マンションの専有部分の外については関心のない「地域?なにそれ興味ありませんよ」な世帯ばかりが増えていく。そのような地域は本当に魅力的でしょうか?

その地域を本当に気に入ってもらうためには、その後で既存のコミュニティとうまく混ざりながら、それでも“この地域は本当に良い地域だから、ずっと住んでいきたいなあ。”と思わせることこそが大事なはず。


そして本当に住み続ける意思があるのであれば、地域課題に対してより好奇心を持ってよいはず。

そうすれば今の地名などは関係なく、地域が持つ潜在的な課題について目を向けざるを得ないでしょうし、災害時には自分達でなんとか対応・復旧していくのだという意思も芽生えるでしょう。

課題に対応するということは、その行為を通じて既存も新規も関係なく住民の混じりを促進していくのではないでしょうか。

そしてそのことは、より住民の地域へ対する愛着のきっかけになりうるのではないでしょうか。


今回の教訓をかなり単純化すると、「地域は単なる商売道具ではなく、愛着も試されてますよ?」ということで。


そして私も、“行政や開発業者が用意した受け皿に入って、あたかも工場生産の製品を味わうような感覚で表面的な果実を個々の世帯がそれぞれ味わう”のとは対局的な、地域のあり方というものを考えていきたいなと。