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no pleasure, no life(旧ブログ名:まちづくり、例えばこんなふうに)

意固地になるほどに"まちづくり"が気になって仕方ない。自分の関わったまちづくりの活動・調査の記録を中心にしつつ、"都市""街の変化"の話題など。 Keyword→まちづくり/都市計画/荒川区町屋/蒲郡/豊橋/三河/谷中

タブレットっていいですよね、という話

自分が生き生きと人生を過ごすための要素として、前回エントリで挙げた【動きを止めない】ということが一つ目としてあります。

そしてさらなる要素として、 【継続的な知的生産】というのも大きいのかなあと思っている今日この頃です。

 

読書や講話、議論により得る知的刺激。今後の人生において、大小問わず幾度となくあるでしょう。

こうしたものを単に、「心の栄養」というようなインプットとして留めるのみではなく、それを踏まえて自分は何を言うか。どんな価値を社会に提示できるか。

少し大袈裟ではないかとは思います。

しかし、過剰に大勢に迎合せず、揺らがず、強く自分の価値観を持って「自分の人生」を生きるためには、こうした知的アウトプット作業の繰り返しにより自分を研磨することが必要なのだと考えます。

・・・非常に教科書的な発想ですが。

 

 

さて、そんなわけでタブレット端末。

電車でもカフェでも、かなり普及してきたのかなと思います。

携帯電話機を多機能化させたスマートフォンが先に広まってきたわけですが、タブレットはその電話・通話機能以外の部分をより使いやすくしたものと言えるでしょう。

 

個人的に、タブレットの売りはその情報収集機能情報発信機能にあると考えています。

 

■情報収集

前者の情報収集機機能では、PC向けのウェブページの閲覧が代表的でしょう。

スマホの限られたサイズの画面では、スマートフォン向けページレイアウトが用意されていないウェブページを閲覧することは非常に不便でした。画面の大きなタブレットではこの問題が解決されます。

 

また、その持ち運び易さから、情報収集を行うのに場所を選ぶ必要がなくなりました。

従来はこうした情報収集はPC端末の前のみに限られていましたが、布団の上だろうが電車の中であろうが、カフェの中であろうがウェブ閲覧はじめ情報収集が容易になりました。

 

そのほか情報収集では、新聞購読や読書といった従来からの生活行為が、タブレットを通じて行うことでより利便性が(使いようによっては)増すようにもなっています。

 

■情報発信

一方、情報発信機能としては、まず文書編集の使いやすさでしょう。

ガラケースマホの文字入力では、メール程度の短文を送信する上では問題なく機能していましたが、一定量以上を超えるとそうはいきません。

その点、タブレットはキーボード感覚で文字入力をすることができます。

もちろんここには難もあり、タッチパネルのキーボード独特の使いにくさはあるため、外付けBluetoothキーボードを使われる方が少なくないでしょう。

そのぶんを差し引いても、”スマホじゃ無理だけど、ノートPC持ち運ぶのも大仰だし重いし。。。”という間の作業ニーズを満たすには十分と思われます。

 

 

自分の場合、さしあたって電車内やスキマ時間のカフェ内などで知的生産に打ち込みたいなと。

通勤電車で新聞電子版読んだり、朝カフェでブログ書いたり、夜カフェで調べ物したりする使い方がメインになろうと思われます。

とりあえずiPad mini2あたりを検討中。

 

以上、新たなタブレットの購入について踏ん切りをつけるために、”そもそもなんで欲しいんだっけ?”という自己説得のためのエントリでした。笑