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no pleasure, no life(旧ブログ名:まちづくり、例えばこんなふうに)

意固地になるほどに"まちづくり"が気になって仕方ない。自分の関わったまちづくりの活動・調査の記録を中心にしつつ、"都市""街の変化"の話題など。 Keyword→まちづくり/都市計画/荒川区町屋/蒲郡/豊橋/三河/谷中

ネット空間上で情報発信をしていく意義のようなもの

twitterとnoteでそれぞれ、なんか共感するなあと思ったものがあったのでご紹介。

 

一つ目はこの方の発言。 

ここでは、
社内会議において自分の意見を作り出さず、迎合する人
SNS内で自ら発信をせず、他人のそれに対してリアクションだけする人
と表現されています。(なんかうまく表現できない)

もちろん、意思決定が中心である会議と、総合的なコミュニケーションの場であるSNSとの質的な相違点を指摘することもできますが、共通点も少なくなく、耳が痛い発言です。

 

実際、年代・役職といった立場に規定される組織内で、意見表明を行うことが難しい事情は多くあるでしょう。

その点、SNSほか、こうしたネット空間における意見表明は立場に規定されない平等性が、ことブログにおいては匿名性まで有しており、ここでの発言は社内の意見表明よりはハードルが低いのかもしれません。

 

乱暴にまとめると、ネット空間上でも発言ができなければ、自分の意見をどこで育てていくのか?ということ。

まずはこっちから、体勢を整えていく次第。

ただこれからは、ブログ上での発言にも少しずつ立場や人間性を乗せていこうと思っていますが。

 

 

趣旨は似ていますが、もう一つがこちら。

 

note.mu

 

こちらはリアルな友人で、社会に対するモヤモヤを、手の届くところから行動することで解消していこうと動き始めた人間。

フローレンスの駒崎氏と音喜多都議のトークイベントのレポートという形で、”情報発信をすることで、「意識高い系(笑)」から脱すること”について述べられています。

 

ブログやtwitterfacebookほか多くのSNSが普及して、情報発信のためのインフラは恵まれすぎています。

そうしたコミュニケーションツールを、ただ同じような意見を持つ仲間同士の傷の舐め合いに使うのではなく、広く社会に影響を与えるための道具として使うことが、ただの”意識高い(笑)”から脱するための第一歩である、と解釈しました。

 

 

・・・前から私もそう思ってました!