やりがい搾取vsやりがい潔癖性 - 「なぜ役所を辞めたのか?第4回(最終回) 地方公務員という生き方」
さて、このシリーズもそろそろ終えましょう。
私は2016年7月末をもって、勤続2年4ヶ月の役所を退職して民間人となりました。
その背景を説明するために、役所における建築系技術職員としての働き方をレビューしてみました。
ややマニアックかつ、冗長な文字情報だけではイメージしづらい部分もあったかと思います。
役所で働くとは
前回までんエントリでは、私の経験ベースではありますが、事実を中心に書いてきました。
ここからは主観ベースで書いていきます。
まずは大前提。
建築系であるかないかを問わず、役所で地方公務員として働くということは、人生をその自治体に捧げるということに他なりません。
それは建前上のこと(全体の奉仕者)ですが、実際はそれ以上に実生活に影響してきました。
地方公務員は、一年間の担当を"◯◯係"と呼びます。
まるで小中学校時代のクラス係分担をイメージさせる、あれです。
学校のように1年や半年周期とまではいきませんが、役所におけるキャリアパスはこの"係"を2〜4年周期で渡り歩くことです。
"係"であるがゆえに、どんな職員がローテーションでその係に就いたとしても、基本的に同質のパフォーマンスとなるような人事システムとなっています。
事務職であれば、本当にポジションは様々。
窓口で住民票や戸籍を担当していたかと思えば、税金の回収業務(取り立て)にいくかもしれない。その次は、技術職ばかりの課で庶務担当をしているかもしれない。
建築や土木といった技術職であっても、先日のエントリにあったような営繕業務・審査業務・都市整備業務を中心にどこに就くかは予測できません。
このシステムを肯定する人にとっては、「異動のたびに仕事が大きく変わるから、転職する必要がない」と感じるようです。
なるほど、一定の周期で仕事が大きく変わるからこそ、実務に飽きることはないということはメリットでもあるのでしょう。
しかしここには、"いったい役所でどんな仕事をしたかったのか"という、入庁時の青臭いモチベーションを忘れさせてしまう大きな罠があります。
このシステムに慣れてしまうと、「入庁時はやりたかった仕事があるような気がするけど、まあ大組織だから仕方ないよね。でも社会的に守られながら安定した人生を遅れるし、このまま公務員を続ければいいかな」という考えに傾いても仕方ないのです。
役所志望者の2類型-「生き方」型と「やりがい」型
転職で役所に入る人はともかく、新卒で役所を志す人には2タイプあると考えます。
それは、「①役所という生き方に惹かれる」という人と、「②学んだことを、社会のために還元したい。そして、それは役所でしかできない」という人。
①を「生き方」型、②を「やりがい」型とここでは呼ぶこととしましょう。
①はどちらかと言えば、仕事に対してやりがいをそれほど求めてはおらず、前述のような安定性を承知の上で入庁してきます。
②は技術職や専門職に多い傾向ですが、要はやりがいベースで入庁する人々です。
このシステムは、②の人を①にしてしまう圧力があるのです。
彼または彼女が抱いていた、"やりたかったこと"に対して、いつまでも人事異動上のおあずけを強いられた結果、もはや②「やりがい」型でいることはリスクでしかなくなってしまうのです。
なぜか?
それは、搾取を感じてしまうから。
参考イメージ(togetterより)
やりがい搾取vsやりがい潔癖性
さて、ここまで書いてきた被害妄想ですが、つまりは私が感じ続けてきたことです。
私は大学院までで学んだ都市計画・まちづくりを仕事にして、社会に還元したかった。
そしてそれは役所の仕事としての都市計画で、実現させるために建築職員として入庁したわけです。
ただ、それは無限定な"社会への還元"や"やりがい"といったもので、具体的に"何のために何をしたいか"という意識は低かった。
でも、「何のためには働きたくはないか」ということはハッキリしすぎていた。
そんな"やりがい潔癖性"だった私にとって、"やりがい搾取"という妄想はみるみる膨れ上がります。
もちろん、感じていた価値観が、公務員の建前上の価値観と親和性が高かったことは事実でしょう。
"住民参加のまちづくり""住民主体のまちづくり"。。。
意欲的な政策もありました。
横浜市 都市整備局 地域まちづくりの推進 ヨコハマ市民まち普請事業 ヨコハマ市民まち普請事業 トップ
また、最初の配属が特殊な営繕業務であったことで、異動のタイミングがかなり遅れそうだということも影響しました。
5年後?7年後?
いつまでこの仕事をするのだろう?いつ、やりたいポジションに就けるのだろう?
よしんばやりたいポジションに就けたとして、その先また異動した後はどうするのだろう?
担当監督員時代の解体工事
まとめ
以上、役所の業務のレビューから、私が役所を辞めて転職をしたpull要因を説明してみました。
2年4ヶ月で何がわかったのか。
我慢が足りなかったのではないか。
そんな指摘はあり得るでしょう。的を射ています。
私もそう思うところはあります。
それでも人生は有限であり、タイミングは自分で決めるのです。
違和感を感じて、耐えながらもこの先歩んでいくことと、
自らの意思で立場を変えながら、いるべき場所ややるべき使命を求めながら試行錯誤していくことを比較して、私は後者の生き方を選択しました。
"マドルスルー"という言葉が好きです。
それはもがいてもがいて、試行錯誤の結果ようやく前進させていく突破の仕方を指す言葉です。
"正しい方法による劇的な突破"を表す、ブレイクスルーに対する言葉です。
2017年もマドルスルーの精神で、公私ともに頑張っていきます。