公務員三回生中退の身から見た、「なぜ行政のフットワークは重いか?第2回 決裁主義と議会答弁」
さて、間があまり空かないうちに第2回を書いてみます。
今日は、行政事務を貫く価値観である"決裁主義"について。
第2回
決裁主義とは
役所では、意思決定をすることを決裁と言います。
用例では、「あの件、課長の決裁おりた?」とか、
「まだ決裁前なので正式にはお話できませんが。。」
といったもの。
奇妙な話なのですが、本来的には地方行政とはあくまで"首長"によって担われることになっています。
ですがもちろん、多岐に渡る行政事務を、個人としての市長一人で処理するということは非現実的なので、市役所や区役所という組織が存在し、そこで職員を雇うわけです。
こうした行政職員を補助機関といいます。
それに対して、首長や各種委員会(選挙管理委員会、教育委員会など)は執行機関と呼ばれます。
総務省資料より
まあこうした分類はどうでもよいのですが、大切なのは、職員はあくまで脇役であり、ほとんどの対外的な仕事は首長名義で行うということです。
建前的には首長であるとしても、実務的には事務を処理するのは職員。
そして、職員が事務処理する上では、意思決定が当然求められます。
たとえ、いちヒラ職員の言動であったとしても、あくまでその自治体(=首長)の意思として重みを持ちます。
この、重みを持たせる儀式こそが決裁なのです。
決裁とは、"それが自治体を代表した意思である"という、オーソライズの手続きなわけですね。
こちらが、決裁という仕組みのために用いる起案用紙の例になります。
ここで、"起案者"とあるのが担当レベルの職員だと思ってください。
起案者とはつまり、発案者。
起案者をスタートに、担当職員→係長→課長→関係課(職員→係長→課長)という順に文書が回議され、それぞれがハンコを押していきます。(実際は電子的なシステムも導入されています)
最後にハンコを押すのが決裁権者で、案件によって課長や部長、大きなものでは市長であったりします。
決裁権のある職員の職位によって、課長専決案件、市長専決案件とか呼ばれます。
そしてこの意思決定メカニズムは、対外的な文書に限られません。
例えば細かな部分では、職員個人の有休取得にも同様に決裁が行われますし、庁内照会にあたって、「本案にてXX課に報告します」という場合にも決裁が行われます。
それほど、決裁主義とは行政組織に染み付いた価値観なのです。
決裁主義の影響
この決裁主義が、いかに行政組織のフットワークの重さと結びついてくるかは、容易に想像できることかと思います。
本来的には単独では意思決定できない担当レベルや係長級の職員が、実質の作業を担うということ。
前回の文書主義ともあいまって、それはヘタなことを勝手に、かつ単独にはできないということにつながります。
構造的に、制限された裁量の中で仕事をするという仕組みになっているのです。
「役所はいつも、奥歯にものが挟まったような回答しかしてくれない。。」
という不満をお持ちになったことがあるとすれば、こうした事情が大いに影響していることでしょう。
彼らにとって、独断でヘタな回答をするのは危険だとまで考えているからです。
したがって、例えば説明会の場で思わぬ質問をされた時などは、巧妙に論点をずらすなどして、踏み込んだ回答を避けるのです。
対策として、彼らは念入りな想定問答集を作って説明会などにのぞむこともあります。
口篭ったり、無責任に曖昧な回答をすることで住民を戸惑わせないように対策していくわけですが、他の課の業務に関することについてはやはり口が重くなってしまいます。
柔軟な庁内連携の難しさが、ここにもあるとあうわけです。
そして、次から述べる議会答弁や、次回ご説明する広聴という分野でも、この決裁主義が大きく影響することになります。
議会答弁
自治体は、議会を持っています。
国における国会とはやや性格は異なりますが、直接選挙によって選ばれた地域代表が執行機関を監視する基本的な仕組みは変わりません。
議会と言えば、国会中継のような問答を想像されるかと思います。
議員が質問を行い、役所が回答をするのです。
おそらく有名な話だと思いますが、ここでの議会答弁のやりとりは、完全アドリブのガチバトルではありません。
あくまで事前に細かく調整され、(多くの場合)質問文や回答文についても一字一句合意がなされた台本をお互い読み合っているパフォーマンスなのです。
このあたりは、現職議員お二人のこちらの記事もご参考に。
ただ、パフォーマンスとは言っても、議会における議事は記録・公開されますので、そこで出た発言が一定の重みを持つことは事実です。
テレビ慣れしてしまった僕らは、肉薄した丁々発止なやり取りを期待されるかもしれませんが、残念ながら議会は、テレビのためのエンターテイメントとしてやってるわけではありません。 むしろ、とても儀式的です。 どういう儀式かというと、「約束」の儀式です。 それだけ、議会での発言は重い、特に市役所からの答弁は、内容や答え方によっては、実質的に「〇〇やります」という約束を宣言したことになります。
(上記記事より、下線筆者)
では、その台本を書いているのは誰か。
これは経験的にですが、多くの場合において役所側の職員であろうと思います。
いやまあ、私も書いたことあるので。
横浜市会会議録より
横浜市会 会議録 平成28年 水道・交通委員会-03月16日−02号
繰り返しになりますが、この議会答弁というものは大変位置づけとして重いものです。
その答弁の台本、つまりは読み原稿がどう決まるかを、フローで示しましょう。
ちなみにとある自治体のとある企業部局での経験に基づくものなので、全国一律というわけではないはず。そしてこれは役所側の立場です。
- 係長以上の職員がグループを組んで議員控室を訪ね、議員の興味分野を探る(議員接触)
- ↑の内容を持ち帰って準備して議員を再訪。興味分野に関わる事業についてレクチャーをする。
- その際の議員の反応などを見て、持ち帰って質問項目を挙げる。
- 関連する課を集めて調整などをして、回答案まで作成した後、議員を再訪。(以下、固まるまで繰り返し)
- (答弁案が固まってきたところで)局長室にて部長級以上が集まり、ppt映写しながら回答文の再確認(勉強会)。ここで一字一句レベルの修正が行われる。
ざっとこんな感じでした。
この議会対応の時期が、関連する行政職員にとっては夏の予算要求と並ぶ繁忙期となります。
それもそのはず、議会対応という大義名分のもと、急速に庁内連携・調整が進むわけなのですから。
この庁内調整が、行政職員にとっては非常に面倒なのです。
それゆえに、フローの1である議員接触において、まるで腫れ物に触るかのような対応をしてしまうのです。
「先生、いかがでしょうかね?」のような。
ここでも、ヘタなことを言ってことを大きくしたくない、という決裁主義・文書主義の影響が見られます。
この議会答弁は、明確な起案者→決裁という手続きはとらないわけですが。
でも、局長のような職位最上位の人間の承認を必ず必要とするだけに、ある意味では決裁よりも煩雑だと言えます。
以上、役所の決裁主義価値観と、議会答弁という特殊な業務について書いてみました。
第3回以降は、「広聴」「あえて"レールに乗る"」をテーマに書いてみます。