公務員三回生中退の身から見た、「なぜ行政のフットワークは重いか?第3回 広聴というお客様の声」
書き出すと内容が増えてしまい、第3回目になってしまいました。
前回までで述べてきたのは、どちらかと言えば行政組織の閉鎖性でした。
しかし、行政の存在意義は、民間事業者では担うことが困難な"公共"という領域を担うことであり、それは開かれているものでなければなりません。
公共とは単に不特定多数というわけでなく、そこには明確にお客様がいます。
行政にとってのお客様は、その自治範囲に在勤・在住・在学するすべての人。
公共というお客様をターゲットにした仕事である以上、事業者がそうであるように、"お客様の声"を無視することはできません。
そのために存在しているのが、"広聴=広く聴く"という仕組みなのです。
しかし、これまで紹介したような行政組織の体質は、広聴という声に対して、やはり不思議な対応をしてしまいます。
「なぜ有益な意見が、役所に聞き入れられないのか?」
「どうしていつも冷たい対応ばかりなのか?」
その背景にある役所独特のメカニズムを、紹介したいと思います。
広聴とは
広聴とは何でしょう。
おそらくは、 多くの人にとって聞き慣れない言葉かもしれません。
音は一緒ですが字の異なる、"公聴"という言葉はどうでしょう。
こちらは、"公聴会"という言葉にあるように、計画や条例といった特定の事案について、決定する前に利害関係者の意見を聞く場を指します。
「こんなこと決めようと思ってますが、ご意見あればお寄せください」ということ。
一方で広聴は、事案を特定しないことが特徴です。
住民が行政に対して意見を届けられるチャンネルは、常に開かれているのです。
広聴のチャンネルは多い
では、住民はどのように役所に声を届けることができるのか。
これには、クラシックなものから現代的なものまで、様々なチャンネルがあります。
①インターネット
現在の主流は、インターネットを利用したものです。
多くの自治体で導入されていると考えられますが、そうでないところもあるよう。(蒲郡市はなさそう)
インターネットを通じた投書はコストがかからなく気軽な上に、きわめて匿名性が高いため、住民にとって利用するハードルがとても小さいと言えます。
簡単なフォームが作成されていて、必要事項を入力するだけでよいのです。
横浜市の事例を示すと、こんなイメージです。
横浜市HPより
トップページに、このフォームに飛べるボタンがあります。
横浜市HPより
荒川区HPより
②電話・窓口
ややクラシックな手法ですが、現在でも根強く利用されます。
意見を言いたい事業の所管課に直接電話をかけるのはもちろん、そうでない場合も、代表して振り分ける交通整理専門の部門がある自治体もあります。
例えば、横浜市コールセンターはその代表例ですね。
電話の場合の特徴が一つあります。
窓口にも共通してリアルタイムなやりとりのため、即時的な応答が求められます。
正確な相手に電話をかけており、かつ質問や意見の内容が軽微なものであれば、その場で解決・回答を得られることもあるでしょう。
しかし多くの場合はそうではなく、最初の電話では聞き置くのみとし、回答が必要な場合は課内検討→決裁の後に折り返すということになります。
インターネットではなく電話を使うような方は、直接伝えたいという想いが強い傾向があるため、電話の内容も白熱します。
それゆえに、対応も容易ではないのです。
さて、窓口。
電話であれば、一旦切って出直すということができますが、窓口はそうはいきません。
そして、インターネットでも電話でもなく、窓口まで足を運ぶような住民の方は、直接伝えたいという想い以上に、ボルテージも上がり切ってしまっていることが多いです。
その場合はバトルになりかねません。
また、少し面白い現象ですが、毎日のように通ってクレームを伝える方もいます。
このレベルになると、もはや職員と仲良くなってしまうケースも。
(もちろん、通常の要件で窓口訪問する方もいます)
③その他
手紙なんてのもあります。
達筆な文面に、つい姿勢をただしてしまうことも。
つまりは
つまりは、住民にとって役所に意見を伝える手段は豊富ということです。
では行政組織は、そんなふうにして届いたたくさんの声に、耳を傾けているのでしょうか?
役所は回答に決裁が必要
寄せられた声に対して、役所はどのように回答をするのか。
単純に言えば、こう答えます、という回答案を決裁するわけです。
担当者が起案して、係長→課長が承認することで、ようやく実際に回答することのできる文章が出来上がります。
それだけでは議会答弁の作成と変わりませんが、そうではありません。
明確に違う特徴が、二つあるのです。
特徴その一、ゼロ回答
一つ目は、基本的にゼロ回答だということ。
役所にとって広聴とは業務です。
多くの場合、通常業務と並行して、自分の課に到達した広聴に対応することになります。
定時退庁というプレッシャーが強い役所は、不測の業務の発生を著しく嫌う傾向にあります。残業代はありますけどね。
ゆえに、あらかじめ計画的な対策のできない、発生次第対応せざるをえない広聴という案件は、それだけで厄介なのです。
そしてよしんば、そんな厄介な、回答しなければならない広聴案件が来てしまったとします。
その場合に、どのように回答文案を作成するか。
- 過去の回答履歴を検索し、使えそうな文章をコピペして起案する
- 以前の回答と同じだということを念入りに説明して、優先的に決裁をもらう(行政は広聴到達から返信までの期限を設けています)
- 上司の作文チェックを受けた後、返信(この間、何度も手戻りあり)
もちろんコピペとは言え、案件に応じたクッション言葉の違い程度の変化はあるでしょう。
事業フェーズによって、"優先順位も見ながら検討を進めてまいります"だった表現が、"実施に向けて準備を進めております"に変わることもあります。
とはいえ、あくまで質問に対する回答なのです。
回答の正確さについては入念なチェックが入るので、まず間違いないでしょう。
でも、0から1が生まれることはないんだ。
どういうことか。
何の計画もない時点で、「こんな有益な事業はどうしてやらないのか?」→『やりましょう!』ということは、皆無なのです。
広聴レベルのチャンネルに、ぽっと出の提案があったとしても、そこから行政が重い腰を上げるということは、まず、ない。
特徴その二、連携は進まない
二つ目の特徴は、広聴をきっかけに行政組織に横串は刺せないということ。
議会答弁台本の作成では、期間が限られていることもあり、議員とのやりとり、質疑応答を作成するために複数の部門が連携して文章を作成します。
議会という大義名分で、一応は一時的な連携が進むのです。
でも、一般的な広聴ではそれはない。
ただ、受け取った担当課が、いかに大事にしないかを考え、危なげない回答案を前例踏襲で作るのみ。
まとめ
官僚機構におけるお客様の声の扱い方が、このようになってしまうのもうなずけます。
構造的に、そうなっているのだから。
こうした事態に対して、松戸市のすぐやる課のような取り組みはあります。
理念ある首長によるトップダウンでしか、この仕組みを構造的に変えることはできないのでしょう。
でも、そんなものは待っていられない。
嘆いてもいられない。
では、役所とどうやって付き合っていけばいいのか?
次回はそのあたりのことを書いてみたいと思います。