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no pleasure, no life(旧ブログ名:まちづくり、例えばこんなふうに)

意固地になるほどに"まちづくり"が気になって仕方ない。自分の関わったまちづくりの活動・調査の記録を中心にしつつ、"都市""街の変化"の話題など。 Keyword→まちづくり/都市計画/荒川区町屋/蒲郡/豊橋/三河/谷中

社会に出て気付いた変化と不安

まだ三日目かつ、座学中心の研修のみの社会人生活ではありますが。

そんな生活でも、これまでの生活と比べてかなり変化がある気がするので書き残してみる。
社会人の諸先輩にしてみれば当たり前すぎてお叱りを受けるかもしれませんが。
 
 
それは、
職場に行く以外やることがない
ということ。
 
これに尽きます。笑
6時に起きて身支度し、7時20分頃には家を出る。8:10頃には職場(今は研修所)に着き、そこから17:30頃までは研修。
終わったら近所のカフェでコーヒー飲みながらその日の研修内容を振り返り。
そのあとでようやく自分の時間到来。自己研鑽的に読書をしようとするのですが、既に睡魔がそこまで来ているために集中して読み進めることが不可能。
結局諦めて本を閉じ、帰宅して残り物で料理して夕飯。片付けたらすぐ風呂に入って、ストレッチして23時前には就寝。
 
こんな単純な変化ですが、これはかなり価値観にまで影響しそうな変化ですよ。
職場における自分のパフォーマンス水準を維持することが最重要事項になり、その阻害要因は取り除いていこうという変化が起きてもおかしくなさそう。
 
 
例えば、翌日に影響しそうだということで、金曜以外の平日に開催される飲み会からは必然的に足が遠のきます。
 
何よりも「早く寝る」ことが最優先になって、平日は友人にさえ会おうとはしなさそう。
 
そんな状況だと「自炊による生活費の節約」と「食事を(ファストフードなどで)手軽に済ませることで生まれる時間」を天秤にかけたとき、そのうち後者が勝つでしょう。
 
 
今はこの程度の短期的変化なのですが、そのうちこれが進むと、
「何か漠然としたもののために自己研鑽(レベル上げ)をするよりも、とりあえず自由に使える時間をより多く残して、余暇を充実させることに力を入れよう」
→「余暇のための仕事で何が悪いかコラ」
みたいにシフトしてしまいそうで、現在の人生観を大きく変質させてしまいそうで不安なのです。
誤解を避けるため言えば、「余暇のための仕事」的価値観自体を否定するものではないのですが、自分はまだ何かそこには踏み込みたくはないなあ、というところ。
 
 
何か仕事に大きな目的を持つことが、この価値観シフトを抑えるストッパーになるとは思うのですが、この目的設定や野心みたいなものがそう都合良く浮上してくるかということは大いに疑問。
今はブログや他人との会話の中で、積極的に青臭さを主張して考えをまとめていくことなのでしょうかね。