三河伝統手筒花火と郷土心ー短編ドキュメンタリー映画「TEZUTSU -fire flower town-」鑑賞会を終えて
twitterでも少し情報を流しましたが、先日とある映画の上映会(試写会?)に参加してきました。
映画と言っても長編ではなく、ドキュメンタリー、それも短編のもの。
上映会を主催するWE LOVE MIKAWAのHPでも見られますが、その映画のトレーラーがこちらになります。
愛知県の東側のかつての国名、今でも県内東側を指す呼称として『三河(みかわ)』という言葉は日常的に使われます。
私の出身である蒲郡市はもちろん、ちくわと路面電車の豊橋市、豊川稲荷で有名な豊川市、農業生産高で日本有数の田原市、オカザエモンが最近推されている岡崎市は、すべてこの三河地方になります。
※ちなみに一方の県内西側は、名古屋を中心とする「尾張(おわり)」
この三河地方(正しくは遠江の一部も含む)に共通する伝統芸能として、【手筒花火】という特殊な花火があります。
簡単に言えば、ぶっとい火炎放射器を天に掲げて1分間耐えるわけです。
画を見たほうがわかりやすいので、これです↓
(2005/11/25asahi.com 第56回東京大学駒場祭中夜祭における手筒花火パフォーマンスより)
打ち上がって散る、一般的な打ち上げ花火とは性格が違い、1分ほどの連続的な噴水を見せるわけです。
火薬が終わる頃には筒の下が「バフゥッ!」と爆発(”爆ぜる”という状態)し、終わりとなります。
それまでの間、奉揚する人間は1分間の火の粉をシャワーのように浴び続けることになります。
刺子(さしこ)という一定程度耐火性のある法被を着たり、手ぬぐいを頭に巻いたりするのですが、それでも手や頭に一生モノの火傷が残ることが少なくありません。
さて、この狂気のような伝統芸能、手筒花火ですが、こんな危険な花火を揚げるのは普通の、市井の人々だということを言ったら、驚かれるでしょうか。
もともとこの種の花火は、現代のイルミネーションのように一般の目を楽しませるものというよりは、神社や祭事において”神に奉納する”ために揚げられるものでした。
ゆえに、現代でも氏神様をお祭りするための、氏子らによる手筒花火奉納という形になっています。
つまり、神社奉賛会に所属する男達(主に町内会・商店会の青年会と母体は共通)が打ち手となり、普通の人が手筒を揚げるわけです。
さて、映画の話に戻りましょう。
この映画を撮影した伊納さんという方は、愛知の方ではあるものの三河地方出身ではなく、ましてや手筒花火という文化を当初深くは知りませんでした。
それが、ひょんなことから「手筒花火を揚げているのは、実はアマチュアの人達だった」ということに、いたく衝撃を受けたそうです。
さらに、豊橋市では年に1回の手筒花火奉揚というイベント、それも当日のみならず、材料となる竹の切り出しから縄巻きの作業等が地域共同体の中のイニシエーションとして行われる様子を通じて、コミュニティの絆が保たれているということに注目したのです。
近年、独立した個人を前提としすぎた反面、コミュニティをいかに維持・創造していくかという世界的な課題に対して、日本は実は一つ回答例を持っているぞ、ということで、これをドキュメンタリー映画とし、主に海外に向けて発信しようとしました。
この上映会が、2月8日に東京は目黒にて行われ、もちろん出席してきました。
東京にいながらにして、地元(正確には豊橋ですが)のドメスティックな映像を見るというのは新鮮でした。
そこで、こう感じたわけです。
「どうだ、三河ってカッコイイだろ!」
と。
・・・・そこかよ。笑
いや、映画の題材になっている手筒花火は豊橋市の某地区のもので、自分とはなんの関係もなく、便乗も甚だしいのですが。
東京にいながら、地元のことを誇れる気分は、なかなか他では味わえないものです。
そしてこうも思いました。
「地元のために汗を流すのも、カッコイイ生き方だなあ」と。
いやいや、すぐに地元に帰って奔走したいとか、そこまでの踏ん切りは全くついていないわけですが。
でも、これからどう生きていくか、地元にどんな貢献をしていくかにしても、
まずは緩やかに、”首都圏にいる同郷の方々”のコミュニティを温めることからじゃないかなあと。
煮え切らない、逃げ道をしっかり確保したような、そんな考え。
でも、それは現状維持ではないはず。
そんなことを思って、この「WE LOVE MIKAWA」を、また動かして、なんなら活性化させてみようかなと。
向こうしばらく、このあたりをテーマにおいて動いてみます。