no pleasure, no life(旧ブログ名:まちづくり、例えばこんなふうに)

意固地になるほどに"まちづくり"が気になって仕方ない。自分の関わったまちづくりの活動・調査の記録を中心にしつつ、"都市""街の変化"の話題など。 Keyword→まちづくり/都市計画/荒川区町屋/蒲郡/豊橋/三河/谷中

ブックレビュー 第3回 古市憲寿『だから日本はズレている』新潮新書、2014年 -@「こすぎナイトキャンパス読書会」-

先日、以下のようなブックレビューをブクログで投稿しました。
近年話題の”若手社会派論者”の中で、アカデミアの中にいる古市氏は異色な存在だと思われます。
独特の挑発的な発言の多さから、”なんかいけ好かない人”というキャラクターを(おそらく意図的に)確立している印象。
その立場を自覚し、本書のタイトルも実に挑発的です。笑

著者自身20代の若者であることもあり、本書は若者の視点から、「おじさん」達が動かしている日本社会について抱く違和感をテーマ別に考察したものです。
もちろん本書中で「僕のほうがズレている可能性もある」(p.5より)と述べているように、古市氏自身が特異な人間であることは考慮して読み進むべき。
ですが、社会の大勢に乗らない”ズレた”存在だからこその”発想のしがらみのなさ”は、本書の面白さの大きな要因と言えるでしょう。

読了直後の感想は非常に良く、【非常に面白かった】の一言に尽きます。爽快感すらありました。
でもそれは、日頃自分も抱いていた社会に対する違和感を、代わりに文字化・可視化してくれたことに対して単に溜飲の下がる思いがした、という以上のものだった気がします。

面白さの要素をいくつか考察してみましょう。

一つは、タイトルはもちろん本書中通して皮肉な表現を使いながらも、不思議なほど前向きであるということ。
章名こそ【「リーダー」なんていらない】【「クール・ジャパン」を誰も知らない】というように皮肉かつネガティブささえ感じますが、ほとんどの章末をポジティブな主張で終えています。
社会のズレをただ批判し、絶望して終わるのではなく、”こうしたらよいのに”というオルタナティブを付け加えていることに、ほんのりとながら誠実さを感じることができます。

二つ目、これはピンポイントですが、【「ソーシャル」に期待すぎるな】の章は本書中随一の内容だったこと。
ソーシャルメディアの普及によって、”共感”さえ獲得すれば社会に大きな影響力を与えることが可能にはなりましたが、その”冷めやすさ”という弱点について言及するような言説は(不勉強ゆえ)斬新で、著者の慧眼かと。

最後に、これが一番大きいと思うのですが、非常に文章が読みやすいということ。
著者の思想が、時に皮肉も込められながらも丁寧に文章として表現されており、読者側の思考・理解が置いていかれるということがなく、常に並走できた感じがします。

とまあベタ褒めとなりましたが、でも本当にオススメできる本に久々に出会えたので。
これは邪推ですが、著者はきっと本書の執筆が楽しくて仕方なかったのでは。笑

若者理解のために大人に読んでほしい、というよりは、これを題材に老若男女で意見交換をするような使い方がよいのかなと。


もともとこの本を読み始めたのは、「こすぎナイトキャンパス」という、地域の試みへ参加するためでした。

その中の読書会にて、課題図書に指定されていたのがこの本だったのです。

 

いきなり何もなしに、丸腰で地域に向かって行ったって何もないでしょう。

そうではなく今回は、”読書会”とテーマが設定されているだけにハードルはかなり下がります。

これで一応、単身ながら、憧れのヴァナキュラー(風土的な・地域的な)な生活の入り口に立てるんじゃないかと、そんな気がしたわけです。

 

そして先ほど、初参加完了。非常に楽しませていただきました。

10人弱ほどの参加者でしたが、文字通り十人十色の感想を聞き、深みのある読書になった思いです。

 以下、感想を追記。

 

やはりみなさん、”最近の若者はどんなことを考えているのか?”ということを、この本を通じて知ろうとしているということ。

一方で、本書で言及する「おじさん」概念の曖昧さ、テーマのとりとめのなさに由来する書籍としての主張のわかりにくさを指摘しているということ。

 

はたまた、若者世代のシェアハウス流行を憂う議論まで膨らんだり。

潔癖性な古市氏の話まで出たり。笑

 

脱線も厭わず、むしろそれで話が膨らんだり視野が広がるなら大歓迎というスタンスの読書会で、非常に時間が短く感じました。

そしてこの「読書会」というネタも、参加者としての自分がそうだったように、コストパフォーマンスがいいぞ、という実感。これは使えますな。