地元の人たちと町屋まちあるきしてみた話。 - 「町屋銀座まちづくり? 第14回」
前回更新から時間が空いてしまった。
10/15(土)は荒川区景観まちづくり塾の第5回が開催され、内容は前回分けたグループ毎の街歩きでした。
言わずもがな町屋・荒川グループとなった私は、町屋駅に集合して街歩きをしてきたわけです。
ちなみにグループの他のメンバーは地元にお住いの方々ばかりで、聞いた限りでは町屋一丁目、町屋二丁目、町屋七丁目、荒川四丁目といった感じ。
その中で唯一私のみが地区外、というかそもそも東京都民ですらない横浜市青葉区民。
まあ今年すでに町屋駅に少なくとも15回以上は来ているのでアウェー感はありません。
さて、ブログで紹介してきたのは町屋銀座や町屋駅周辺といった限られた地区だけでしたので、街歩きの報告がてらもう少し広めの広域町屋エリアについて紹介してみようかなと。
集合場所は町屋駅前、ちょうど京成町屋を西に出たパチンコ屋の前。
学生さんが作ってくれた街歩きマップを受け取り、街歩きが始まります。
どうでもいいけど、事前説明する学生さんの勢いがすごかった。
メトロな町屋駅構内に海抜高度に関するプレートがあり、それを見がてら駅を出ます。
確かに交番脇の1番出口をやや下りたところにそのプレートはあり、海抜高度が2.1mだと判明。
町屋二丁目の路地に入っていきます。
かつて住んでたあたりをぞろぞろ歩くのは奇妙な気分。
町屋エリアを走る幹線道路である尾竹橋通りや都電通りは比較的直線に近い形で引かれていますが、街区内の道は、写真のように曲がりくねったものばかりです。
この見通しの悪い街並みこそが、逆に歩く人にとって迷宮的な魅力を生んでいる理由かと思うのですが、住んでいる人はどうなのかな。
ご一緒させていただいた年配のどなたかが、「住んでいても道に迷うことがあります」と仰っていたのが印象的でした。
やはり。笑
細い路地空間に、急に広い空地が現れます。
こちらが町屋二丁目防災広場。
設置されているのも雨水を貯める水槽や井戸で、災害を意識して作られた感じです。
街のあちこちで見かけます。
いつのまにか町屋四丁目へ。
明らかに他人の敷地なのですが、地元の方に連れられるままに超絶細街路に進んでいきます。
入ってみるとわりと奥行きがあるようで建物があり、この1mに満たないような通路にのみ接道しているものもあるみたいです。
町屋エリアの西端を南北に貫く幹線道路。
通称『疎開道路』と呼ぶようです。
これだけの幅員があれば延焼遮断の機能はじゅうぶんにありそうですね。
沿道には謎の『ぬりえ美術館』があります。
ちなみに写真を見て気付きましたが、やはり電線類も地中化されているよう。空が広く見えて開放感を感じたのはそのせいだったか。
再び町屋エリアの中へ。
荒川区の取り組みで面白いなと感じたのがこれです。
前面道路の幅員4m拡幅※に協力して"くれた"敷地だけでなく、これから協力することを宣言してくれた敷地に対しても、L型側溝にプレートを仕込むという取り組み。
実際に協力してくれた敷地に対するものはかなり見かけるのですが、このパターンは荒川区くらいなのでしょうか。
※建築物を建てるためには4m以上の幅員を持つ道路に2m以上接している必要があり、現状満たないものについては建て替え時等に道路中心線から2m壁面を後退させることで適合させなければいけない。実際は後退すると敷地が削られてしまうため、なかなか道路拡幅は進まない。
町屋四丁目をさらに進むと、幅員が1mちょっともなさそうな路地。
なんでも舛添元知事が視察に訪れたという謂れのあるところで、地元では有名な細街路のよう。
路地沿いにはブロック塀や万代塀が並んでおり、災害時にはかなり早い段階で崩れそう。
ところどころ、添え木的に外側から鉄筋で補強されているのを見かけました。。
町屋七丁目と一丁目の間くらい。
地元の人は構わず細街路を進みます。
動揺する学生さんの背中。笑
最後は広域避難場所の荒川自然公園でシメ。
東京都の下水処理場建物の上に公園があるという不思議な構造で、テニスコートやグランドもあります。
災害時の避難場所であるほか、ここからの見晴らしはとてもよく、素敵スポットです。
とりあえず淡々と描いてしまいました。
やはり地元の方と歩くのは楽しく、新しい発見が多いな。
ここから防災と景観資源を地図にプロットしていくわけですが、正直よくわかりません。。