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no pleasure, no life(旧ブログ名:まちづくり、例えばこんなふうに)

意固地になるほどに"まちづくり"が気になって仕方ない。自分の関わったまちづくりの活動・調査の記録を中心にしつつ、"都市""街の変化"の話題など。 Keyword→まちづくり/都市計画/荒川区町屋/蒲郡/豊橋/三河/谷中

音喜多駿という怪物。

とうとう、きた。

 

otokitashun.com

 

都議会会派「都民ファーストの会東京都議団」 が誕生し、なんと83年生まれの音喜多さんが幹事長に!

 

news.tbs.co.jp

 

東京都も地方自治の一種ではありますが、やはり首都東京ですので報道は全国区。

ここまでの人になりましたか。。。

 

やはり同い年であり音喜多さんと友達である長坂さんも、このニュースを受けて熱い記事を書いています。

音喜多さんと長坂さんは、ここ10年近く自分の人生ツートップである。

 

nagasakanaoto.blog.jp

 

長坂さんの記事にある、お二人の出会いの経緯に関する部分を引用します。

【音喜多駿という恩人】彼との出会いは22歳の11月、大学4年のときでした。豊橋の手筒花火を上げた駒場祭。8年前のこと。

東京で手筒花火を上げるためには、20人近い警備が必須でした。しかし、当時うちの学園祭委員の人数は30名ほど。一企画のために、委員の過半は避けませんでした。

僕は当時隆盛だったmixiで、助けを求めました。その日記を見た、時習⇒早稲田の先輩が、早稲田祭運営スタッフのMLに、その状況を投げてくれました。

そして同じ運営スタッフで、その先輩と仲良かったおときたが中心となり、当日、二十数名を引き連れて、駒場祭に乗り込んで来ました。揃いの早稲田祭運営スタッフの法被を着て。

早稲田祭の法被を来た人間が、統率の取れた動きで並び、東大で警備をしている姿は、異様で個人的にとても高まる光景でした。
お陰で事故なく、東京での手筒花火を終えることができました。

彼がいなければ、企画は中止になっていました。
改めて、あのときは、本当にありがとう。


その音喜多が、都議選にチャレンジします。
だからと言って、彼に投票してほしい、という訳ではないですが、東京の方、北区の方、まずは投票に行って来てください。
そして候補者を見比べるとき、できれば彼も比較対象に入れてあげてください。

 

そしてそんな、音喜多さんを初め早稲田祭の運営スタッフの警備のお陰で東大駒場で手筒花火をあげることのできた一人が、何を隠そう私でした。

当時の私は東大生でも何でもなく、ただただ長坂さんに導かれるままに現場に行き、決められた打ち方を守っただけ。

 

でもそこでの経験は、当時精神的に追い詰められていた私に劇薬のように作用し、再受験を志すようになるのです。

 

そんな、きわめて個人的だけど生涯最大とも言えるライブイベントに居合わせた一人が、音喜多さんなのです。

思えば、彼の結婚のお知らせを知った時も感慨深くて一本書いてたな。

 

phantom-gon.hatenadiary.com

 

東大駒場キャンパスの(今はもうない)同窓会館で、学園祭のことも下ネタのことも、とにかく全てを嬉しそうに話す人。

「突き抜けた人」、という印象。

私が高校までの狭い世界を卒業して大海に出てから初めて出会った、怪物でした。

 

音喜多さん、ますますのご活躍を。